太極拳を護身術に使う方法はご存知ですか?私が住んでいるところでは、太極拳が護身術として使われることがまだまだ人を驚かします。西日本にそのようなことがより少ないようですが、福島県に人々は新しい物事を受け入れるにかなり時間が掛かるようです。

ネットにいろんな流派の太極拳録画があります。私の理解と一致していると一致していないものがあります。幾つもの録画に太極拳の護身法は速度でやっ ています。いくつかの録画に遊撃の戦法を主にしています。いくつかの録画にキックボクシングのようになっています。いくつかの録画に関節技になっていま す。私の理解はそれらと全部違います。速度と遊撃は多くの武道にあり、太極拳のようなゆったりした運動を取る必要がないと思います。キックボクシングは独 立したスポーツです。関節技は合気道や柔術のほうが専門です。太極拳はそれらの物の有り合わせなのでしょうか?少なくとも私はそのように思いません。時が 流れ、人が成長します。私の理解も固く不変ではありません。昔もいろいろ悩みました。特に人に太極拳と合気道の区別は何ですかって聞かれるときはよく悩み ました。今はすでに殆どその悩みをしません。

太極拳と空手の区別は目に余りますね。素人でも一目でわかります。柔道のような人を持ち上げて投げることや柔術のように相手を地面に抑えることもあ りません。陳式の人が太極拳の使用法を紹介するときはよく関節技でやります。よく合気道のようなものに見れます。私は、陳式がどうにも好きになれないのは それが一つの原因です。現在ネットに流れている陳式の録画は殆ど関節技+力でやっています。私は筋力反対派ですから、応援できませんね。太極拳は関節技の 極めについて、合気道に及ばないではないかと思います。太極拳はそもそも関節技を極めませんから。「太極拳経」や「太極拳論」に関節技についての話は一言 もありません。

斯技旁门甚多,虽势有区别,概不外壮欺弱、慢让快耳!有力打无力,手慢让手快,是皆先天自然之能,非关学力而有为也!

以上は「太極拳経」になる言葉です。意味は

戦いの技術に他流が多くて、姿が違いますが、強い力が弱い力を抑える、速い速度が遅い速度を抑えるに過ぎません!力あり者が力無き者を打ち、遅い手が速い手に譲る。あれらは全部先天自然の能力である、力の使い方を習った関係でできたことではありません!

です。打撃の速度や遊撃のような移動は速さの問題です。キックボクシングのようなやり方も身動きの速さと打撃の重さから離れていません。関節技は実 際に局部において大い力で相手を抑える技です。太極拳はあれらと全部違います。あれらのやり方に合う人も居るんでしょうね。悪いといっているわけではあり ません。ただ、太極拳がああではないと言いたいだけです。では、太極拳はいったいどのようなやり方をするんでしょうか。一語とで言えば、意識に率いられた 陰と陽の変化です。これも「太極拳」という名称が昔の達人たちに受け入れられた原因の一つだと考えています。「意識に率いられた陰と陽の変化」それだけで は分かりづらいでしょうね。実感がなければとても理解できるものではないと思いますが、なるべく簡単に説明してみます。

「太極拳経」の中に太極拳は先天自然の能力ではないと述べています。ずばり、太極拳は後天学習で身に付けるものです。学習といえば、頭です。知恵で す。太極拳に習得に関する最も重要な知恵は「意識」と「陰陽」だと思います。太極拳の名称は「太極」です。太極図にいつも黒と白で陰と陽を代表していま す。全ての物事は陰と陽があります。より普通な言い方は「両面性がある」です。よい面があれば、悪い面もある。強い面があれば、弱い面もある。安定の面が あれば、不安定の面もある。世の中の全ての物事はいつも相対の性質を持ちます。相対の性質がなければ、無極といいます。無極は全てを含む存在であり、無極 の中に何かを区別することは不可能です。もし区別できたら、そうであるとそうでないという相対性質ができてしまい、無極でなくなります。太極拳は無極態か ら始めます。「無極態」とは、本当に無極になることではなく、無極に近づくことです。何所為、無極は存在しない仮想状態ですから。人が無極態に入りました ら、全身は混沌一体になり、環境(相手も環境のうち)と融合し、環境の流れに合わせるようになります。こんな状態に相手に攻撃されたら、体が自然に相手に 推されて動き、自然にダメージを軽減してしまいます。ダメージを完全に消去するために、無極から陰と陽を生み出さなくてはなりません。虚/実、剛/柔、軽 /重、左/右、上/下などみんな陰陽です。陰陽の作用は組み分けです。陰のほうが任務をこなしている同時に陽のほうも相対的な任務をこなしています。たと えば、実が相手と接触する同時に虚が相手を攻める、柔が相手を抑える同時に剛が突き進む、相手が重く感じる同時に自身が軽く感じる、左で攻撃のときは右が 動く、下が戻る同時に上が進む、などなどです。太極拳の技は陰と陽がしっかりならないと本当の威力は出ません。しかし、陰と陽がしっかりしていても本当の 威力を出せるとは言い切れません。なぜなら、パワーの制御ができていませんから。協調していないパワーの部分が効率的に動きません。互いに邪魔をすること は気づかぬうちにいっぱい発生しています。全体のパワーを十分発揮したければ、身体の協調性が大事です。ではどうやって協調になれるんでしょうか。答えは 意識の制御です。「太極拳論」の中に

专主一方

の言葉があります。「一方だけに集中する」の意味です。「集中」は精神の集中です。具体に言えば、意識です。そして強い意識です。少なくとも自身に 働く念力ぐらいに強い意識にならなくては効き目が少ないと思います。強力な意識の統率の下に身体各部に秘めたパワーが高度に協調してきて無駄なパワーが発 せず総合上最大なパワーが発揮されてきます。このときは無極態が同時に効果を表しています。無極態は自身が環境と融合し、相手を環境の一部と合わせますの で、相手と相殺されるようなパワーも出さないようになります。意識の制御下の陰陽、同時に無極態は効率的に且つ効果的に総合上の最大パワーを発揮させま す。これが太極拳の特色だと考えています。